原一男監督の『水俣曼荼羅』にかける思い――『水俣曼荼羅』全三部上映と対話の会・アフタートークから

2025/11/29水俣プロジェクト
原一男監督の『水俣曼荼羅』にかける思い――『水俣曼荼羅』全三部上映と対話の会・アフタートークから

2025年11月9日、東京大学駒場キャンパス18号館にて「いま、水俣病を考えるーー『水俣曼荼羅』全三部上映と対話の会」を開催しました。

あいにくの雨にもかかわらず幅広い年代層の方々にご来場いただき、素晴らしい作品を多くの方々とともに鑑賞できたことは運営として、とても嬉しかったです。

372分に及ぶドキュメンタリーの鑑賞の後には、原一男監督をお迎えして『水俣曼荼羅』をめぐる対話の時間をもちました。

『水俣曼荼羅』制作のきっかけから、15年間の撮影と5年間に及ぶ編集期間が生み出したもの、そして現在制作中のパート2について、原監督の思いを熱く語っていただきました。

本記事では、特別にその対話の様子を一部ご紹介します。

制作のきっかけはポケットマネー!?

佐々木:原監督はご出身が山口・宇部ということですが、水俣との出会いはどこになるのでしょうか?

原監督:当時、大阪芸術大学で映像学科の先生をやっていたんですよ。大阪って実は水俣病が発生して仕事を失った水俣の人たちが職を探してやってきた場所でもあるんですね。その頃、彼らは大阪で裁判闘争を始めた。水俣病を巡った裁判闘争は沢山ある。しかし、20年〜30年ある中で勢いがなくなってきていたのだが「関西訴訟」というものが珍しく最高裁まで行って勝った。そのタイミングでその大学の事務局長から「原さん、僕がポケットマネーを出すから水俣に関するドキュメンタリーを撮りませんか」と言われたことがきっかけ。まあこれが本当にポケットマネー。水俣に行くのにも交通費がかかると思うけどいわゆる経費を出してくれたんだ。始めたときは20年もかけるとは思っていなかったが、もう少し、もう少し、と言っている間に15年に及ぶ撮影になってしまった。ただ、12年くらい経ったときにその方が定年退職してしまって、これ以上お金は出せないよ、ごめんねって言われたんだ。そのあとは自分たちでお金を集めて借金背負って自主制作として継続させた。ただその方は何の条件も出さずに、内容について意見することもなく、完成して試写会をしても「長い」なんて一言も言わずに、「原さんこんな長いものをよく作ってくださいました」と言われたときには恐縮しちゃったよ。

作り始めた責任

佐々木:でも、途中からは借金を背負ってまで撮り続けたってことですよね?そこまで原監督を突き動かしたものは何ですか?

原監督:私たちのモラルとして、いったん作り出したら、作り始めたことに責任を持つ必要がある。それまでカメラを向けさせてもらった人に完成させなきゃわりぃ、というのもあるし、作り始めたものを完成させる責任があると思っている。

佐々木:水俣にも色んな方が色んな意見を持って住んでいらっしゃる中で、この作品を創るにあたって原監督が持ち続けた軸はどのようなものでしょうか。

原監督:おっしゃる通り、水俣病はいつ終わるかわからない状態において和解した方が良いと考える人もいれば、和解よりも国の責任追及を求める考え方もある。色んな裁判においても、勝った人と負けた人もいるので人間関係が壊れてしまうということもある。

今、水俣に行くと患者さんの運動が活気を持っていると言えるかというと難しい。解決が見えない諦めをはじめ、訴訟結果の違いにおける恨み辛みが重なったマイナスな感情も多くある。ただ、映画を撮るというのは“元気な人達”という前提がないと誰も観てくれないじゃないですか。全体的に元気がない状態で、どうやって元気な状態で撮っていくのかというのが難しかったわけで。で、何を考えていたかというと、いつ終わるともしれない水俣病と向き合いながら水俣で生きている人の中で「この人いいな」と思う人と出会い、その人の良さを映画の中で浮かび上がらせる作業がなかなか難しい。出会うのに時間がかかったしね。

果てしない撮影が自然と生み出した地元の関係

佐々木:確かに、強固な人間関係がないと作れない映画ですよね。最初水俣に入っていったとき、難しさを感じませんでしたか。

原監督:テレビ局は番組を作って放送するのが仕事だから入れ替わり立ち替わり小さなネタを見つけては番組をつくるわけですよ。大体彼らが1本30分程度の番組を作るのに3か月かかる。私たちはお金があるわけでもないのでしょっちゅう行くのではなく、季節ごとに水俣を訪ねていくわけですよ。そうするとたまにテレビ局とがっちゃんこする。それからしばらく3-4か月空いていくと、そのテレビ局の人たちはいなくなっている。あの人たちはどうしたのかと地元の人に聞くともうあの番組はとり終わって放送したよ、という。ところが私たちは15年という長い期間撮影している。例えばカメラを向けている生駒さん(『水俣曼荼羅』に登場)は、僕らが行くのを待ってくれている。そして色んな所に連れて行ってくれた。ただ、「あんたらの作品はいつ完成すっとね」としょっちゅう聞かれる。僕らもいつ完成するんだろう、と思いながら。そんな風にして果てしなく、果てしなくカメラを回していた実感が強い。

時間を映画に映し込む

佐々木:今パート2の作成に取り掛かっていると聞いていますが、パート1の終わりはどこで決めたんですか。

原監督:撮りたいな、これだけは撮らなきゃいけないな、と思うものを一通り撮らないと終われないものなんですよ。今回は、水俣病をめぐる人間関係があっての「患者さんの運動」だということを映画的に作っていくために患者さんだけでなく、お医者さんや活動家、家族…とできるだけたくさんの人に最初から出てもらおうと思っていた。だから、人を探し出して、カメラを回して、映画的に扱いたいエピソードを聞き出して、映画作りというのは本当に一歩ずつ作業を進めるんですよね。

映画ってテレビのドキュメンタリーと基本的に違うんですよ。水俣病の運動っていうのは県や国の対応策や、チッソによる原因の説明などが必要ないとは言わないが、それ以上に大事なのは水俣病に関わっている人たちが水俣病というものをどんな風に背負って生きているのか。人間の感情って喜びも悲しみも色々あるじゃないですか。水俣病であるというなかでの喜怒哀楽という感情を通して水俣病がどういうものかを浮かび上がらせる。劇映画のような描き方をしなきゃいけない。ということで、面白い人がいるからちょっとインタビューしていっちょ上がりっていう話じゃなくて。

感情を浮かび上がらせるような喜怒哀楽を劇的に描くための知恵がないといけない。それは規定通りじゃなくて、「こんなエピソードがある」となった時に、それをどんな風に描けば映画的に面白いシーンになるのかということを考えていかなければいけない。いいなと思う人に出会って、構成を考えて、そのうえでカメラを回して。それからまた考えて、数年後の編集において整理整頓して、劇的にシーンを作っていくという流れになる。

佐々木:となると、持っていた仮説が打ち砕かれることも多いのではないのでしょうか。6時間に及ぶ作品の中では、人間関係が変わっていく様子も描かれていました。

原監督:はい、打ち砕かれなければ面白くない。

人間関係が変化していくのも、つまり変化というのは時間の経過。時間の経過が変化として見えてくるわけで。実は、劇的と言われるものを成立させる基本軸は時間の変化なんですよね。だから時間をかけたことが大変だった、つらかったっていう話じゃなくて。時間をかけたことによって劇的に撮れたという面もある。だから時間がかかることは大変ということではなくて、時間をかけるという方法で描くことでどういう映画が撮れるかな、っていう心持ちなわけです。

「これからどうされるんですか」に感じ取った想い

佐々木:20年をかけた作品を世に出したうえで、さらにパート2が作成されています。20年を以て終わったという話ではなく、いったい何を想って、再度走り出されたのでしょうか。

原監督:作業をやっている真っ最中だからよく考えるんですが、結局この『水俣曼荼羅』もそうですが水俣病ってこういう病気だよねということを人々に対して描いていくわけでしょ。テレビの作品もほとんどそうなんですよ。水俣曼荼羅も20年経って終わった時にさすがにもう終わりにしようと内心は思っていたんです。内心は。

それで地元に記者クラブがあって、記者クラブの人たちが「原さん記者会見をやりましょう」と言ってくれた。そして地元のテレビ局や新聞社が集まって記者会見をやってくれた。それで、その中の一人が「原さん、これからどうされるおつもりですか」と聞いてきたわけだ。「はい、もう私は20年やったんで次のテーマをやりたいので水俣はもうやめにします」って言えばよかったのかもしれないけど、言えないんですよね。

新聞記者がそうやって聞いてくれるというのは、せっかく20年かけて撮ってきた人が目の前にいる。通常(新聞記者は)職業としてそこにいる人も多いから、向き合いたくても20年という単位で水俣に向き合い続けられる人はいない。その中で、私のように畑は違うけれども一応映像を作って水俣を世の中に共有している人がいるんだし、ここまで作ったんだから続けてやってほしい、という気持ちが「これからどうされるのか」と聞いた言葉の裏にあるな、というのをその瞬間に感じ取ってしまった。このままもうちょっと続けて作品を作り続けてください、とは言えない中で、「どうされるんですか」という質問にして届けてくれたことを受け取った。

映画を作る人間としては常にエンターテインメントを意識しているんだけど、つまり聞く人を楽しくさせてあげないと思っているもんだから、ついついリップサービスを半分、もちろん正直な気持ちを半分で、その時私が答えたのは「えー、そうですねぇ。撮りたいと思っていてもとれなかったものとか、撮りそびれたものとか、人間関係がうまくできなくてできなかったこともあるので、引き続き考えてみようと思ってます」とつい言っちゃったんだよねぇ。そしたら新聞記者の方も「ああ、そうですか」と嬉しそうな顔をして。翌日の記事の見出しは“原監督、続編に意欲”となったんだよ。そういうことでパート2に取り組んでいる。

パート1より10倍面白くなければならない

原監督:しかし、パート2と言うのは簡単なんですが、実は大変なんですよ。これは私の考え方なんですが、パート2というのはパート1の2倍、3倍程度面白いんじゃだめで、最低10倍は面白くないといけない。よく引き合いに出すのはエイリアン、ターミネーターなんですが、あれはアメリカの映画で1本目が大ヒットした故にパート2をという話になったんです。でもパート2はさっき言ったようにパート1の10倍は面白くないといけない。ハリウッドは金を持っているので1本目の予算の10倍くらいの予算を投入するんです。そして格段に面白い作品を作ってさらに大ヒットさせる。それがパート2の価値なんですよね。

我々だってパート2はパート1の10倍面白くなきゃならないという原理原則は存在するんですよ。じゃないと、お客さんもあんな長い映画の続編なんて観に行かないからですね。それでパート2は1よりはるかに面白いよと評判にならなきゃいけないわけですよ。だけど予算が10倍あるかというと僕らにはないでしょ。

だからどうやったらおもしろくなるかって言ったら知恵を使わなきゃいけないんですよ。で、時間を使えばいいんですけど、今回は時間を使えないんですよ。今回はクラウドファンディングをやっているから2年以内に作らなきゃいけない。予算もなく、時間もない中で10倍面白いものをつくらなきゃいけない。この映画では面白い役者を使えばいいという話でもないし、20年かけて一通り撮りたい人は撮っているはずだから、それ以外に新しい人を探すといったって、6時間12分の中でオールスターがでているわけですよ。新しい人はいないけれども、もっと面白いものを作らなきゃいけないという状況なんです。

今2年目に入っているけどそんなに面白いシーンが日々撮れていますという話ではないから、今ものすごいプレッシャーなんですよ。本当に面白いと言ってもらえる映画ができるかな、という。出来たら画期的なことですけどね。

なぜ人は過ちを繰り返すのか、その本質に迫る

佐々木:それでは最後にパート2ではどんなことを皆さんに伝えたいのか、そして観る人々への期待があれば教えてください

原監督:「これが水俣病である」という作品はこれまで沢山ある。次に描くべきは「何で人という生き物は水俣病みたいなあほなことを犯罪として起こしてしまうのか。」

何が起こしてしまうのか、人が持っている本質のどこの部分がそんなことをさせるのかということまで掘り下げていきたい。

そのことに、生きとし生ける人たちがすべからく気づいて、そのことの反省抜きには、この問題は解決しないし、同じような問題が起き続けるだろうという気がする。何で人間はこんなことをやってしまうのだろうかというところまで描けるかどうかがパート2の勝負どころだと考えている。

なぜ人が人をはじめとするすべての生き物を生き難くしてしまうのか。

人間の経済活動、政治のシステムが犯罪を起こすようなシステムでずっと歴史を作ってきているわけだからね。どこか反省するべきところを論理的に見つけていって共有し、「ここは人間の愚かなところだ」と理解したうえでそういう価値ではない世の中を作らなければだめだねっていう。根本的に今の人間の生き方そのものを全面的に問い直すというぐらいに本気でまじめにやらないと解決しないんだろうと思っている。


私たちOne Month for the Futureが水俣に向き合い続けているのは、水俣のこれまでの歩みの中には人間の弱さ、社会システムの欠陥、そういった大事な問題があると信じているからです。水俣の歩みを学び、未来をつくることが私たちに求められていると考えているからです。今回の原監督との対話によって、私たちの活動の意義を再認識するとともにできることを積み重ねていこうと思いました。


原監督、お忙しいところお越しいただきありがとうございました!

そして本イベントにご参加いただいたみなさん、ご協力いただいたすべての方に感謝申し上げます。

佐々木彩乃
佐々木彩乃 Ayano Sasaki
OMF発起人。九州大学、清華大学シュワルツマンスカラーズ(修士課程)卒。グローバルにものを見て考えつつも、地域から一歩ずつ社会を良くしていく活動を行う。変えるためには、まずは知ることが必要、という思いから日常ではどうしても見過ごされがちな声や、忘れられがちな過去に光を当て、向き合う必要があると言う思いからOMFを運営している。
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