2026年6月23日、「『苦海浄土』を読む―沈黙をひらく哲学」(宮田晃碩著・かもがわ出版)の出版を記念した、オンラインイベントを開催しました。
水俣病の公式確認から70年。
水俣病がもたらした深い苦しみと、それに向き合う患者や家族の姿を文学として書いた石牟礼道子の『苦海浄土』は、今なお多くの問題を私たちに問いかけています。今回のイベントでは、著者である哲学者の宮田晃碩さん、環境倫理学を専門とされている太田和彦さんをゲストとしてお迎えし、「哲学」の視点から『苦海浄土』を読み解く試みについてお話しいただきました。
イベントを通して特に印象に残ったのは、「沈黙」は単に「語らないこと」を意味するのではなく、その背景にある思いや苦しみに目を向け、言葉にならない思いまで受け止めようとする、私たち聞き手の姿勢が大切だということです。また、『苦海浄土』が私たちに投げかけるメッセージをどのように受け止め、これからの社会にどのように生かせるのかを、一人ひとりが考え続けることの重要性を感じた時間となりました。
イベントで語られたこと
イベント前半では、宮田晃碩さんより『苦海浄土』を哲学の視点から読み解く試みについて紹介していただきました。
宮田さんは、『苦海浄土』を単なる「聞き書き」ではなく、石牟礼道子が被害者の語りを通して、一人ひとりの「その人自身の言葉」を伝えようとした作品であると捉えています。言葉にならない経験や苦しみに耳を傾けるとはどういうことなのか、そして他者の声を「知識」として消費するのではなく、一人の人間の経験として受け止めることの難しさについて、ハイデガーやハンナ・アーレントなどの哲学者の議論も交えながら、示していました。『苦海浄土』を文学作品として味わうだけでなく、人と人との関係や「言葉を聞くこと」の意味を問い直すという、哲学をもとに読み直す視点が示されました。
後半では、太田和彦さんが「環境正義(Environmental Justice)」の視点から水俣病を考察されました。水俣病は、有害物質による健康被害という環境問題であるだけではありません。太田さんは、環境正義の考え方を用いながら、不正義には「分配的不正義」「手続き的不正義」「承認の不正義」の三つの側面があり、それらが互いに影響し合いながら被害を深刻化させてきたことを話されました。
例えば、被害が特定の地域や漁民に集中する「分配的不正義」、原因究明や政策決定の場に十分参加できない「手続き的不正義」、そして被害者の経験や声そのものが正当な知識として認められにくい「承認の不正義」。これらは独立した問題ではなく、一つの不正義が別の不正義を生み、被害が連鎖して悪化していくという構造があります。宮田さんの著書では、このことが『苦海浄土』を読み解きながら具体的に提示されていると、太田さんは指摘されました。
環境正義の三つの視点から水俣病を捉え直すことで、公害問題は過去の出来事ではなく、現代社会における環境や格差、意思決定への参加、人々の声がどのように扱われるのかという課題にもつながっていることが示されました。
参加者の声
今回のイベントは、『苦海浄土』を「読む」ことにとどまらず、その言葉が私たち自身の生き方や社会との向き合い方にどのような問いを投げかけているのか、を考える時間となりました。
言葉にならない苦しみ、誰にも理解されないと感じる孤独、あるいはあまりに大きな悲しみの前で失われる言葉。そうした沈黙は、しばしば「存在しないもの」として扱われてしまいます。しかし宮田さんは、哲学者としての切り口から、『苦海浄土』に描かれた人々の声に耳を澄ませながら、その沈黙のなかにも確かに意味があり、私たちが向き合うべき他者の経験があることを示してくださいました。イベント終了後のアンケートでは、多くの参加者から印象的な感想が寄せられました。
「久しぶりに大学の授業を受けたみたいでとても楽しかったです。先生方も親しみやすく、『苦海浄土』を読み切れていない人でも入りやすい内容でした。」
「哲学という視点での『苦海浄土』の読み解きはとても新鮮でした。」
「今まで教科書レベルの関心でしたが、今回を機に、生きた人たちの声に関心が湧きました。」
「学問は、一つの問題を多様な切り口から考えるための手段なのだと感じました。哲学と環境という異なる視点から『苦海浄土』を捉えられたことが大きな発見でした。」
「『知る・わかる・考える』。水俣は広い、日本は広い、世界は広い。」
今回のイベントを通して改めて考えさせられたのは、『苦海浄土』が訴えかける苦しみや沈黙についてです。しかし、それらは決して水俣病だけにとどまる問題ではありません。水俣病の背景には、現代にも通じる複雑な社会の構造があります。そのような社会のなかで苦しみを抱える人々や、見えにくくされ、声を上げることのできない人々に対して、私たちはどのように応答できるのか。 イベントで語られた内容は、現代を生きる私たち自身が向き合うべき課題として、心に響くものでした。
『苦海浄土』を読む、新たな入り口として
イベントを通して印象的だったのは、『苦海浄土』は決して「水俣病について知るためだけの本」ではないということです。そこには、苦しみを抱えた人の言葉を私たちはどのように受け止めることができるのか、社会は誰の声を「知」として認め、誰の声を見えなくしてしまうのかという、今を生きる私たちにも通じる問いが込められています。
宮田晃碩さんの著書『『苦海浄土』を読む―沈黙をひらく哲学』は、その問いを一つひとつ丁寧に紐解きながら、『苦海浄土』の世界へと読者を導いてくれる一冊です。
『苦海浄土』をこれから読もうと考えている方にとっては、作品への理解を深める心強い案内役となり、すでに読んだことのある方にとっては、哲学という新たな視点から作品を捉え直すきっかけとなるでしょう。また、『苦海浄土』をどのように受け止めるべきか、と考えるヒントにもなり、これまでとは異なる視点で作品を読み返す契機となるはずです。
ぜひこれからも、『苦海浄土』が投げかける問いを、今を生きる私たちが「受け止める」とはどういうことなのかを、皆さんとともに考え続けていけたら嬉しいです。

